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PCM−D50
2008年1月30日
 
2007年11月30日、PCM−D50を入手。開梱してさっそく手にする。すばらしい外観の仕上がりである。最初の6時間ほどはその見事さに圧倒され、ただただ薄笑いを浮かべながら飽かずに眺め続けていた。日が変わってようやくバッテリーを入れ各部の動作と録音のテスト。すべて良好である。マイクボリュームはLR連動の1軸式に変わったので、絞ったときの左右のレベル差が気になるがこれも問題なし。当たり。俄然うれしくなって部屋の中を縦横無尽に駆け巡り、危うく照明器具のコードで首を吊りそうになった。やっと望んでいたものが手に入ったのだ。
メモリーレコーダーが相次いで登場する中で、ボクはそれらを横目で見ながら導入を渋り続けていた。PCM−D1の登場には大いに心を動かされた。しかし価格はともかくとして、これとは別に大きな不満が二つあった。録音時のバッテリー駆動時間と不必要なまでの大きさである。最後のDATとしてTCD−D100をメインに使っていたのだか、メモリーレコーダーになって消費電力はさらに少なくなり、もう一回り小型軽量化されるものと思い込んでいた。途方もなく嵩じてしまった夢と期待はそんなに簡単に叶うものではなかったのだ。バッテリー駆動時間5時間では野外での使用には不向きである。この点ではTCD−D100もそんなに有利ではないが、こちらはバッテリー2本、PCM−D1は4本。しかも乾電池では2時間の駆動時間しかない。これは間歇的に大電力を消費していることを意味する。この差は決定的だ。大きさも不満だった。個人的には必要のない内臓マイクやアナログメーターのおかげで、バッグの隅に入れて持ち運ぶには困るような大きさになっていた。大型機は2機種使った経験があるが、出掛ける時にはどうしても小型機の方を選んでしまい、最終的に野外に持ち出さなくなってしまう。PCM−D1は、フィールドレコーディングの録音機に求めている、小型軽量、高音質、長時間バッテリー駆動という要求には合わなかったのだ。それを我慢して買ったとしても、数年後には新機種が登場して必ず買い換えることになるだろう。そう考えて断念してしまったのである。その後も各社から魅力的な機種が次々と登場したが、この個人的でワガママな要求を満たすものはなく、購入するには至らなかった。
それから待つこと2年、PCM−D50の登場である。なによりも驚いたのはバッテリー駆動時間の長さだ。アルカリ電池で20時間以上。最初は何かの間違いかと思ったくらいだ。正式なスペックの発表を見てようやく納得。単三電池4本というのは重量的には不利だが、逆に2本にしてしまうと駆動時間は半分の10時間をかなり下回ってしまう。単三電池2本分のわずかな軽量化よりも長時間録音のメリットの方が個人的にははるかに大きい。モニターをまったくしないボクにはこのメリットがフルに生かせるのである。このバッテリー駆動時間の長さだけですっかり導入を決めてしまった。相変わらずの内蔵マイクは個人的には無用の長物だが、十分に小型化されているので問題なし。ボクにもマイクをセッティングする時間さえ惜しく、今すぐにでも録音できたらと思う経験が何度もある。だから内蔵マイクには反対ではない。そういう使い方をする人にはこれほど便利で重宝なのものはないと思うからだ。でもやっぱりマイクのないバージョンも欲しいんだよな。
開梱して一瞬アレと思ったのは付属品の簡潔さだ。中にあるのは本体と電源アダプター、USBケーブル、電池、それに取り扱い説明書と添付ソフトだけ。従来はたいてい付属していたキャリングケースやポーチ、リモコン、それにヘッドフォンといったものは見当たらない。悪く言えばコストダウンの影響とも言えるが、メーカーとしては録音専用機として使って欲しいということだろう。本体を手にとってまず驚くのは仕上げのすばらしさである。外観上PCM−D1と比べて見劣りのするところがほとんどない。ボディーはマグネシューム合金、フロントとバックのパネルはチタンからアルミに変わってはいるが、厚さは同じで1mmある。PCM−D50はPCM−D1の良さの多くをそのまま引き継いでいるように見える。
もちろん小型化されてPCM−D1のアナログメータはなくなったが、実用性のある−12dBとOVERの発光ダイオード表示に変わった。一見スペースが空いたのでデザイン上仕方なく付け足したという感じのこのオマケみたいな表示は、フィールドレコーディングではほとんど役にたたないように見える。ボクも最初はそう思っていたのだが、じつは自分で演奏してそれを録音したいという人にとっては大変ありがたいものなのだ。演奏している位置からでは液晶の表示は見えないがLEDは良く見える。それを見ながら演奏できるので、自分で簡単に録音レベルの設定が行なえるのである。これはなかなか便利だ。よく考えてみたら、野外の使用でも肩から吊るしたり腰のバンドに取り付けて録音という場合には同じように役に立つのである。移動しながらの録音レベルの確認には便利。ただしLEDはあまり明るくないので陽光下では見えにくいかもしれない。
PCM−D50はPCM−D1同様ファンタム電源を内蔵していない。代わりにオプションでファンタム電源のユニットが用意されている。個人的にはこのコンセプトに大いに賛成である。立体音響ではマイクを分解してマイクカプセルを取り出して使うことになるので、かなり自由な改造ができる。できれば大きな電力を消費して録音機のバッテリー駆動時間を短くするようなファンタム電源を使いたくないと思うからだ。ファンタム電源をもつ録音機自体かなり大型になるので持ち歩きたくないということもある。ただバッテリー駆動ということになるとどうしても欠点の方が大きく出てしまう場合もある。そういう時はぜひ使ってみたいと思っている。それにファンタム電源といっても万能というわけではなく、機器内蔵のファンタム電源では対応できないような消費電力の大きなマイク、出力の大きなマイクも多い。ファンタム電源がオプションになっていることで、ポータブルレコーダーとしての自由度はむしろ大きくなっている。もちろん使う側にもそれなりの工夫が必要だ。
PCM−D50にはDATのTCD−D100では付いていたヘッドフォン用のリモコン付きジャックはなく、代わりに専用のリモコン用ジャックが用意されて、録音にも使えるようになったのは大きな進歩だ。ただこのリモコンはワイアードリモコンで2mのコード付きである。個人的にはもう少し距離を取れるワイアレス式が欲しいところだ。というのもボク自身マイクコードに足を引っ掛けて三脚を転倒させた経験がある。録音している本人も含め、人の通る場所で使うのは少々危険だろう。また野外で動物などを相手に録音するにはもっと距離をとりたいことがある。そういった意味ではワイアレス式のほうが便利だ。
もう一つあると便利なのが予約した時間に録音を開始するタイマー。夜間に獣道にカメラを仕掛け、赤外線センサーでシャッターを切るという野生動物の撮影方法がある。録音では音がしてから録りはじめたのでは間に合わないが、特定の時間に録音を開始することで効率よく音を捉えることができるはずた。16bit,44.1kHzで最長6.5時間の録音という録音時間の制限を考えると、こういった録音方法には録音の予約タイマーが有効だ。メニューに項目を付け加えればすむので負担も少ないはず。これは生録の可能性をさらに広げてくれるだろう。
操作面ではかなり変更があった。従来メニューから設定していた項目がスイッチでの設定に変わったのである。PCM−D1では4つだったスイッチが7つに増えた。増えたのはDPC(デジタル・ピッチ・コントロール)、ハイパスフィルター、デジタルリミッター。増えた分、小さなスイッチが4個になって多少見にくくなったが、操作感は悪くない。押しボタンも左上に一つ増えて、これはA−Bリピートボタンである。機能面でもPCM−D1の特徴はそのまま受け継がれ、デジタル・ピッチ・コントロールやハイパスフィルターのカットオフ周波数の設定、パソコンから転送した音声ファイルの再生は320bpsのMP3に対応と、さらに強化されているようだ。
DPC(デジタル・ピッチ・コントロール)とA−Bリピートボタンは採譜や原稿起こし、語学の練習などには大変便利な機能だろう。
PCM−D1から搭載されているデジタルリミッターはレベルオーバーの許容量が+12dBとなり、リカバリー時間の設定項目ができたほかは大きな変更はないようだ。違和感を感じるのは、このリカバリー時間という奇妙な設定項目である。これは従来のアナログ的なリミッターの延長線上にある考え方で、本来のデジタルリミッター的な発想からは逆行するようにも思える。デジタルリミッター自体は時間をさかのぼって働くという点で優れているが、へたに使うとピークを発生させている音以外の周辺の音にもリミッター影響が現れて不自然な結果になる。本来は聴覚の時間軸上のマスキング効果を利用して、気づかれないように処理しなければならないものだ。またリミッターは全周波数帯域で一様にかけるのではなく、ピークを発生させている音の周波数成分に応じて帯域ごとに異なる処理をしなければ、周辺の音に影響を与えないで十分な効果をあげることはできない。できればリミッターをかける原因となっている音そのものへの影響も最小限にしたい。デジタルリミッターではそれが可能と思う。その点では改善の余地が十分にある。音声ファイルの浮動小数点フォーマットが一般化していない現在、リミッターの役目はまだまだ重要である。せっかくのすばらしい可能性をもつデジタルリミッターなので、ぜひとも本気で取り組んでほしいところだ。
もう一つ気になるのが、内蔵メモリーとメモリースティックをシームレスに使えないこと。せっかく長時間録音が可能なので、最長6.5時間の制限を受けるのは勿体ない気がする。メモリーが一杯になった段階で、内蔵メモリーからメモリースティックへ、あるいはメモリースティックから内蔵メモリーへと録音を継続できれば長時間連続録音には非常に有利だろう。そういう使い方ができればますますこの録音機の用途が広がってくる。
PCM−D1に比べて外観上ただ一つ価格相応になったと感じるのはマイクである。なにしろ価格に比例するように小さくなっているのだ。しかしマイクの性能が大きさに比例するわけではない。マイクの耐入力はPCM−D1の130dBSPLに対して120dBSPLと減少してはいるが、周波数特性ではむしろ超高域は延びたように見え、低域も幾分上昇して使いやすくなっている。爆音系の録音は難しいが、通常の楽音ではほとんど問題ないはずだ。低域の低下や高域の山は編集時に補正することもできる。ノイズの面でもPCM−D1の20dBSPL(A)(Max)に対して20dBSPL(A)(Typ)と基準が甘くなっている。Max値を保証するPCM−D1ではもしかすると選別されたものかもしれないが、これは価格相応になったといったところ。それでも高級なマイクと比べてそんなに見劣りするわけではない。ただ実際に録音再生してみた結果では、感度はまずまずだがノイズはかなり気になるレベルと感じられた。この理由は良く分からないが、あるいは個体差の影響もあるのかもしれない。静かな場所での環境音の収録はノイズが目立つのでちょっと厳しいという感じだ。近接した楽器の録音には使えそうだが、演奏の合間では暗騒音を上回って耳に付くと思う。ただしマイクアンプそのものはPCM−D1との比較は無理と思うが、価格ではかなり上回っていたDATのTCD−D100と比較してもむしろ良好と感じられた。あとは使い手の腕次第といったところ。外部のマイクを繋いでの録音には十分威力を発揮してくれるだろう。
内蔵マイクて気になる本体からのノイズだが、内部部品やマイクガードの共振は、キンキン、カンカン、コンコン、ブンブンといった感じであまりダンプされていないようだ。バッテリーケースの蓋もレコーダーを手に持つと音を発生する。本体へのタッチノイズがけっこう大きく響いてくるので取り扱いは注意が必要。直接手に持つより専用の三脚に取り付けるのが無難かもしれない。
内蔵マイクはアタッチメント式にして、良質のマイクがいくつか選択てきるようになるとさらにメリットが出てくるだろう。マイクの代わりに内部から電源を供給するアタッチメント式のファンタム電源を用意すれば、これはもう他に例のない、フィールドレコーディングには最強の録音機になるだろう。
外部マイクを使用する時に気になるのが入出力の位置である。PCM−D1の入出力のジャックは、フィールドで使用するものが右側、卓上で使用するものが左側と分かれていたが、PCM−D50ではこれが変更されて、入力が右側、出力が左側にまとめられた。個人的には録音時にモニターしないのでPCM−D1の分け方のほうが使いやすいのだが、入力と出力が接近する、大き目のマイクプラグとヘッドフォンプラグを同時に使用しにくいといった問題もある。それぞれに理由があるわけなので、これはどちらが良いとも言えないという感じだが、右側からマイク、左側からヘッドフォンのプラグを差し込むのは嵩張るし、ちょっと違和感を感じないでもない。このマイクジャックは金メッキではないものの、さらに丈夫なものになっている。
現在の一般的なメモリーレコーダーに言えることだが、24bitになって分解能が向上したのは大歓迎。しかしこれをそのまま喜ぶのは考えものだ。理由は2つあって、一つは録音機のファンタム電源が一般化し高耐入力のマイクが使えるようになったことと、もう一つは録音レベルを余裕をもって設定するようになったこと。高耐入力のマイクを使用すると鋭い音のピークがそのままマイクから録音機に入るので、結果今までよりも録音レベルを下げなければならなくなる。また24Bitもあるのだからと安全をみて録音レベルを低めに設定するようになる。16bitとの差はわずか8bit、256倍である。この二つでせっかくの8bitの差もかなり目減りしてしまう。24bitになったからといって、甘く見ていては決してフルに生かすことができないと思うのである。こう考えると24bitというのはいかにも中途半端な値に見えてくる。それじゃ次は32bitなのかというと、どうも違うような気がする。同じ32bitなら浮動小数点形式のほういいのではないか。事実上ほとんど無制限のダイナミックレンジを持つこのフォーマットの方にボクは魅力を感じる。繰り返し行なう処理や変換にも劣化が少なく、そのまま編集環境に持ち込める。
最後に気になって仕方がないのはPCM−D1の後継機、それに内蔵マイクのないモデルである。PCM−D1はステイタスシンボルだからなくすわけにもいかない。多分どちらも数年後には登場するのではないかと思う。その時にはPCM−D50の技術はフィードバックされ改良されて、PCM−D1のクオリティーはそのまま引き継がれるだろう。これは楽しみである、が同時に不安でもある。ボクは正気を失ってまたもやとてつもない散財をやらかしそうなのだ。
と、なんだか批評家まがいの文章を長々と書いてきた。たしかにPCM−D50は優れた録音機であり、もう一言余計な注文を付け加えたくなる、メーカーの力の入った逸品だ。でも本当はそんなことを言いたかったのではない。常日ごろは軽率な発言をつつしむ口にも、時には大胆な率直さが必要だ。そこでこう言っておこう。「どうだい、こいつがPCM−D50だぜ!。うらやましいだろ?」。
 
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