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ナマロクのススメ
2005年7月18日
 
ナマロク、生録、生ロク、ナマ録・・・。どれが正しいのか、かってあったそのブームに乗り遅れたボクにはよく分からない。今録音機を持っている人、持っていなくても昔持っていたことのある人には、聞いただけでソワソワしてきて何となく足元が落着かなくなる魅惑的な言葉である。
オーディオのなかでのナマ録というのは衰退の一途をたどっている。オーディオそのものが一般的なものではなくなり、ごく限られた人たちの趣味となってしまったのも一つの原因だが、その人たちにとってさえ自ら音源を探して録音するという習慣は非常に稀になってしまった。かって興盛を極めたポータブル録音機もまた凋落の一途である。DATはすでに保守状態、新機種が登場する見込みはない。MDにしても録音可能な機種は減少している。その残り少ない機種でさえマイク入力からの録音はもはや主流ではなくなってしまった。メモリーやハードディスクなど新しい録音メディアの登場もあるが、こちらは今のところ音楽ソフトのコピーやダウンロードが主である。すっかり忘れ去られてしまったナマ録。その原因はと考えてみると、生演奏についてはブームが去って録音の機会がなくなってしまったことと、音質面などで自ら録音するメリットが少なくなったことにあるのだろう。環境音については、もともとそんなものに興味を持つオーディオマニアが極めて少なかったというだけのことなのかも知れない。
しかし一旦オーディオを離れれば、現在でもかなりの人たちが録音への関心を持っているようである。一つは音の記録やコレクションあるいは素材としての録音だ。音への興味は音そのもの、またその音の元となっている現実的な事象への興味から発生しており、正確で交雑物の少ない対象物の音の収録を目的とする。マイクも小型のワンポイントマイクか主で、時にはモノーラルのこともある。もう一つは音の作り出す空間や世界を楽しむための録音である。こちらは音源や音そのものにはあまりこだわらないが、三次元的な音場空間や周囲の環境や雰囲気といったものを重視。周辺のさまざまな音を含めて収録するもので、リアルヘッドのバイノーラル録音が多い。だがもっぱら音楽再生と音質にこだわるオーディオから見ればどちらも亜流どころか興味の対象外、ほとんど認知さえされていないのは残念なことだ。しかし環境音を主とするオーディオ的に優れたペアマイク録音はあるし、リアルヘッドのバイノーラル録音の音場は下手なマルチチャンネル再生よりはるかにリアルだ。
そもそもナマ録とは何なのか。録音の対象はいろいろある。生演奏、野鳥、虫の声、水の流れ、波、鉄道、航空機、モ−タースポーツ、祭事、軍事演習、花火、その他雑多な環境音・・・などなど。細かく数え上げればキリがないし分類も無意味。なにしろ音さえあれば、の世界なのである。よく分からないのはナマ録とそうでないものとの区別だ。「ナマ」というからにはきっと生きのいい音にちがいない。生演奏の録音はナマ録なのか。でもスタジオでプロが録音すればどう考えたってナマ録なんかじゃない。もしかすると「生」とは生楽器、生の音のことなのかも知れない。しかしこれも違うようだ。PAを通した音のナマ録もあるし、駅のアナウンスだって立派なナマ録である。それではナマ半可なアマチュアが録音すればナマ録で、プロが録音したのはナマ録ではないのだろうか。かなりイイ線だが、考えてみるとやはり変だ。プロがどこか見知らぬ土地に出かけて聞いたこともない怪しげな音を録音したりすれば、これはもう立派なナマ録である。反対にどこか場所を定めて得体の知れたミュージシャンを集め、予定通りの演奏を録音したとしたら、たとえアマチュアが録音したとしてもナマ録とは言い難い。
何となく正体が見えてきたようである。ここは得意の独断でもって一気に決めつけてしまおう。「ナマ録とは支配したり予測したりし難い生きた音を録音する行為である」。加工され、調理され、きれいに盛り付けられて、目の前に並べられた音ではない。生きている、絶え間なく変化し、容易に捕らえることができず、同じ状態に留めておくことのできない、そして二度と繰り返されることのない、そんな音を録音することである。もちろんあらかじめ良い条件を選んだり準備しておいたりすることはできる。しかし自由にできるのは全体から見ればほんのわずかな部分だ。どんなに好条件が整ったとしてもあとは運しだい、すべてを支配することは不可能である。チャンスを掴むために良い条件と場所を選び、何度も足を運び、時間をかけて録音する。ただあまりに条件ばかりにこだわると、類型的で表面的なものになりやすい。やはり十分な時間と幸運が必要だ。支配したり予測したりできない要素をとんどん排除していき、都合のよい音だけ残していけば物事はずいぶん簡単になる。しかしそんなものはナマ録ではない。ナマ録の面白さは予測できない多くの要素が絡み合い、録音してみるまでは何が起きるか分からないというところにある。そんな中で運良く捉えることのできた音は、他の方法では得難いものであるはずだ。
ここまで話が進むと問題は音源である。いったい何を録音すればいいのか。もちろんいかにもナマ録向きの音源はある。でもそれを言ってしまうと、これまで録音し尽くされたものを今更という答えが返ってきそうである。録音に出かけるにしてもそれなりの覚悟は必要だろう。もっと身近な所から始めてみてはどうだろうか。いろいろな音源を聞いた中で、ちょっとした新鮮な驚きを覚えた音があった。おそらく初めてのリアルヘッドによるバイノーラル録音だと思う。録音しながら家の中から外へと出て行く、そんな音風景である。次々と移り変わり開けていく視界というより聴界に、これから何が起こるのだろうというワクワクするような期待感を味わった。そしてそんなものに感動している自分に驚いてしまったのである。そういえばはるかな昔、自分自身にもそういう経験があったのだ。初心忘れるべからず。思いがけない感動は意外と身近な所にもあるのかも知れない。
こんな所にたびたび出かけて録音できればとか、こんな所に住んで録音できたらと、羨ましくなるような土地や国はある。しかしそういう所から、素晴らしい録音が次々と製作され発信されるなんて話はこれまで聞いたことがない。地元の人は意外と身近な音には無関心である。というよりその人たちにとっては、何の変哲もない日常の当たり前の音でしかないのである。あるときゴキゲンな夕立を録っていて、話しかけられた人の問いに雷鳴を録音しているのだと答えたら、そんなものが録音の対象になるのかと驚かれた。これにはこちらがビックリしてしまった。そんな音を喜んで録音しているのはたいてい他の土地から来た人なのである。
それでもその土地に住んでいなければなかなか録音できない音がある。たとえば山一つ二つ越えればもう誰も知らない小さな行事。もちろん地元の人たちだけで観光客なんてだれも来るわけもでもない。周辺の音は群集の単なるノイズ的なざわめきではなく、もっと土地と人に密着した生活感のある内容になるし、PAか入ることも少ない。いかにもナマ録向きといった音源にしてもまた同様だ。時間と費用をかけ遠くへ出かけて録音するとなると、それなりの成果が欲しくなる。そうなると場所を選び、季節を選び、時刻を選んで、よい条件のもとで効率の良い録音をすることになる。だがそれは音の見せる表情の限られた一面にすきない。季節に応じて、時刻に応じて、場所に応じて音はかならず存在し、その時々の多彩な表情を見せる。そんな音を捉えることができるのは、そこに住んでいる人だけである。身近な音に興味を持ってみるのは悪くないことだ。よい音環境にあるならなおさらである。たとえそうでなくても期待と希望をもって探せば何かしら音は見つかるものだ。
とりあえず録音するなら、録音機器は何でも良い。小さなカセットテレコ、ICレコーダー、マイクの付いたステレオラジカセ・・・。しかしある程度良い音質で録音しようとするとそれなりの機器は必要だ。古いポータブルカセットデッキが手元にあればそれでも十分。もし新しくそろえるとなれば今は別の選択肢がある。もっとも手軽で音質的にも安心なのは録音機能を持ったMD、またはHi−MDと、プラグインパワーやバッテリーで動作するコンデンサーマイクとの組み合わせだ。メモリーやハードディスクに記録するミュージックプレーヤーも続々登場しているので、良質のマイク入力を持つものが出てくればこちらも候補に挙がってくる。記録メディアが交換不要で長時間録音が可能というのは意外と使い勝手がいい。音声圧縮による音質の劣化はたしかにある。特にバイノーラル録音による環境音でたまに出てくる可能性がある。しかし一般的な音源ではそんなに気にしなくても問題はない。非圧縮で録音するDATは音質面では有利だが、高価でやや大型、テープもかなり割高だ。今となっては少々時代遅れという感じである。誰にでも気軽にお勧めというわけにはいかない。
録音方法はワンポイントマイクやペアマイクによるステレオ録音か、リアルヘッドによるバイノーラル録音が手軽で良い音場感が得られる。ワンポイントマイクとペアマイクはペアスピーカー再生が、バイノーラル録音はヘッドフォンによる再生が基本だ。ただマイクにはある程度の投資は必要。一般の家電店で手に入る安価なマイクは主として会話などの録音用なので、周波数帯域、耐入力、音質の点では不満が出るが、とりあえず録音してみるには手軽である。また電子部品店などで意外と良質の無指向性マイクユニットが手に入ることがある。これにケーブルとプラグを接続すれば、プラグインパワーで使用できるペアマイクやリアルヘッド用バイノーラルマイクが安価に製作できる。ただ耐入力ではあまり期待しないほうがよい。リアルヘッド用のバイノーラルマイクは市販品も多くある。これは適当にスタンドに取り付ければそのまま良質のペアマイクとしても使用可能だ。
ペアマイク録音はマイク2つだけという簡単な方法だが、多くのマイナーレーベルがこの録音方法で良質のソフトを提供しているのはご存知の通り。あとはマイクと腕次第といったところだ。ペアマイクは環境音の録音にも用いられている。リアルヘッドによるバイノーラル録音は、ヘッドフォンで聞いた時にほぼ完全な3次元的音場空間が得られる録音方法の一つである。原理的な性能の限界や、頭部や耳の形状の個人差のため一般性に乏しいという欠点もあるが、実際に多くのサンプルを聞いてみると一聴して明らかに異常と感じるものは少なく、そんなに気にする程のことではないようだ。逆にヘッドが生身の人間の頭部で、胴体も付いているというのは有利で、人工的な材質のダミーヘッドでは得られないリアリティーを感じるものもある。マイクが目立たないというのも大きなメリットだし、スピーカー再生でも違和感が少ない。なにしろ少ない費用で簡単に始められるのがいい。
もう少し詳しく紹介したいところだが、じつはボクはステレオ録音の経験もバイノーラル録音の経験もまったくないのである。このあたりの消息はそれぞれの関連サイトを尋ねてみてほしい。
とにかく自分で録音を始めてみないことにはこの話は終わらない。そしてそこから本当のナマ録の世界が始まるのである。
と、ここまで勢いよく書いてきてふと思ったのだが、将来音場空間とその中の音像がコンピュターで自由に合成できるようになれば、ナマ録って・・・デスクトップでできるようになるんだよな。
 
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