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立体音響あれこれ
2004年9月25日
 
立体音響の楽しみ
  • 立体音響の最大の特徴というのは、録音した場所の音の環境をそっくりそのまま体験できると言うことである。これは他のメディアでは体験することができないものだ。映像にたとえると球状スクリーンの立体映像ということになる。音響の世界や映像の世界が統一されたものは一つの理想ではある。しかし現実の切り取られフレーミングされた限られた視野の平面的な映像との落差はあまりにも大きい。音から想像する世界と実際の映像との間には解消することのできない違和感がある。それに耳に心地よい音のする場所が目にも好ましいとは限らないし、美しい風景の場所で素晴らしい音に出会うとは限らない。というよりむしろ両立しないことのほうが多い。映像のない音だけの世界というのは、その分自由度が大きく人間の想像力を広げてくれるのである。また立体音響には、音に関連した他の感覚を引き起こす感覚誘導という現象がある。音を聞くことによって、音に伴なって起きる他の感覚、たとえば触覚や臭覚を体験することがある。これも他のメディアには見られない現象である。現実の世界を再びそのまま体験できる、そして時にはそれ以上の体験をできるということにおいで、立体音響はサウンド・ドラッグともいえる、その言葉どおり麻薬的な魅力を持っている。
立体音響を録音するには
  • 立体的に音場空間を集録するにはさまざまな方法があるが、人工ヘッドを持ったマイクを使って集録しヘッドフォンで再生する方法が最も現実に近い音場空間を再現できる。これにはホロフォニクスによる方法と、ダミーヘッドマイクによる方法がある。ホロフォニクスは人間の聴覚器官が立体的な音の空間の情報を生成するプロセスと同じプロセスによって音場情報を生成する。ダミーヘッドマイクではこのプロセスが、人間の聴覚器官が音場情報を生成するプロセスとは異なり、擬似的に方法によっている。ホロフォニクスについては発見者のヒューゴ・ズッカレリ氏がその方法を公開していないので、ここでは一般的なダミーヘッドマイクによる立体音響の集録と再生について紹介していきたい。
どうして立体的に聞えるのか
  • 一般的に人間が音を立体的な空間として認識するのは、左右の耳に入る音の音量差や位相差などのバイノーラル的な要素によるものであり、その原因としての音源から聴覚へ至る音の変化である頭部伝達関数が定位を支配していると考えられている。おそらく頭部伝達関数が音の定位と密接に関係しているのは間違いはない。しかし頭部伝達関数が正確に測定されたことはないし、それが音の定位と一意的に対応しているわけでもない。まったく形の異なる頭部伝達関数から同じような定位が得られることが多く、また頭部伝達関数をそっくりにシミュレートした人工的な音像定位はそれなりに音が定位はするが現実感は少ない。音量差や位相差などのバイノーラル的な関係が正常に保たれないようなマイクでも問題なく音場空間を捉えることができるし、頭部伝達関数が通常のダミーヘッドマイクとはまったく異なるマイクでも音場を同じように再現することができる。周波数特性のような表面的なものはあまり関わりがなく、むしろ直接目に見えてこない微細な要素が重要な役割をしていると思われる。頭部伝達関数の構造の中のどの部分が音の定位と関係しているのかはまだ良く分かっていないのである。「どうして立体的に聞えるのか」という問いに正確に答えられるのはまだまだ先の話である。「同じような特性なのになぜ音が違うのか」という昔からのオーディオの問いに答えられるようになったとき、おそらくその答えも得られるはずである。
どんなマイクを使うのか
  • 一般的にはダミーヘッドマイクと呼ばれる人間の頭の形をしたマイクを使用する。この耳の部分に無指向性のマイクが組み込まれており、頭部や耳の形状によって立体的な音の情報を作り出す。このマイクで録音したものをヘッドフォンで聞くと、録音した場所の音の立体的な空間をほぼそのまま聴くことができるというものである。しかし市販のものは80万円位から数百万円位といずれもかなり高価である。実売ではかなり安くなるはずだが、どのみち気軽に購入できるというものではない。そこで大抵は自作ということになる。
自分自身の頭と耳を使って録音する
  • 一番簡単な方法としてはリアルヘッドと呼ばれる自分自身の頭部と耳を使う方法である。手っ取り早く言えば自分の耳の穴にマイクをセットするのだ。このための専用のマイクも市販されている。また電子部品店で無指向性の小型のマイクユニットを買ってきてシールド線とミニプラグを繋ぎ、DATやMDのプラグインパワーで使用するのも安価で手軽である。リスナーとの相性がよければかなり良い結果が得られる。ただしこれら方法は原理的に性能に限界があり、耳や頭部の個人差からやや一般性に乏しい。また音場の安定性に欠け、人間自身の発生するノイズが入りやすい。なにしろ録音の間中本物(?)のダミーの如くじっとしているのは大変なことなのである。その場にいなければ録音できないというのも一つの欠点だが、一方おおっぴらにマイクを持ち込めない場所でも気付かれずにそれとなく録音できると言う、他にはない大きなメリットがある。もっとも著作権やプライバシーを侵害するような使い方は御法度だ。
手軽にダミーヘッドマイクを
  • しかし自分の頭を使うのではいろいろ不都合もある。そこで別の簡単な方法として、人間の頭部に似た適当な大きさの物体や板などの両側の耳に相当する位置にマイクを取り付けるという方法がある。こちらは耳がないためリアルヘッドに比べると音場感はあまり良くないが、とにかく手軽にてきるので便利だ。マイクを取り付ける物体は人間の頭の形に似ているものなら何でも良く、取り付ける位置によってある程度前後感や上下感も出てくる。野鳥の声の集録などに使用すると十分良い結果が得られるのでおすすめだ。このタイプには市販品のマイクもあり、またマイクを取り付けるためのバッフルも販売されている。
持ち運びに便利な小型マイク
  • もう一つ比較的簡便な方法として、頭部を持たない耳の部分だけのものを作り、それにマイクを取り付ける方法がある。このタイプを作る人はほとんどいないが、藤原和道氏の製作しているいわゆる藤原マイクがこれに近いものである。藤原マイクはほとんど頭部らしいものを持っていないがちゃんと音場を立体的に捉えることができる。耳は全体の形をそのまま作る必要はなく、耳介を中心に作り周りを簡略化してもよい。製作が簡単でしかも性能的には普通のダミーヘッドにほぼ匹敵するものが得られるが、多少不安定な部分もある。とにかく小型にできるので、持ち運ぶには大変便利なマイクである。
本格的なダミーヘッドマイクの製作
  • 最後に頭部と耳を持つ本格的なダミーヘッドマイクを製作する方法である。これには、インダストリアルクレーなどで原型を作り、一旦その型をとって樹脂などを流し込んだり貼り付けたりして外部から作る方法と、軽量な材質で中心となる頭部の型を作り、それに樹脂などを盛りつけては削って形を整える方法などがある。どちらも内部にマイクや配線を入れるスペースが必要なのは言うまでもない。構造的にみると、分解できるようにして後々のメンテナンスを行なえるようにする方法と、マイクを埋め殺しにしてしまう方法がある。材質的には、シリコン樹脂などの軟質系の材料を使う方法と、エポキシ樹脂などの硬質系の材料を使う方法がある。どのような方法にせよ、頭部と耳の部分は別個に作っておき、耳の部分にマイクを取り付け配線した後で頭部と組み合わせるのが無難である。マイクユニットの背部には呼吸口が開いているので、ヘッドの内部には吸音材を入れ、呼吸のために外部との小さな通気口を残しておく。底部には台座に取りつけた三脚用のネジを埋め込む。実際に使っていて困るのが三脚に取り付ける時だ。のっぺらぼうでつかみどころがないのである。頭頂部にネジを埋め込んで、これにツマミのようなものを取り付けると持つのに具合が良く、落下による損傷を防げるし、吊り下げてセッティングする時にも便利である。首に犬用の首輪などを付けるのも一方法だ。具体的な製作方法についてはここでは紹介できないが、2〜3ヵ月を費やせば工夫次第で大抵はなんとかなるものである。
マイクユニットはどのようなものを使うか
  • こうした自作に使うためのマイク本体、またはマイクユニットだが、バイアス電源を必要としない小型のバックエレクトレットコンデンサーマイクを使用する。ユニットの内部にはFETが内蔵されていて、低インピーダンスの出力を簡単に取り出すことができる。ただしマイクにはかなり厳しい条件が要求される。一言でいうと小型、無指向性、広帯域、高耐入力、フラットな周波数特性、低ノイズだ。まず大きさである。できれば耳の穴の直径7mmφより小さい方がよく、大きくても10mmφ程度が限度である。無指向性である事も重要である、指向性を持つものはユニットの後ろ側からも音を拾うので使用できない。周波数帯域は広いほうがよい。できけば20Hz以下〜20000Hz以上。少なくとも40Hz〜16000Hzくらいは確保したい。意外と実際に録音してみてから重要さに気付くのが耐入力の問題である。ダミーヘッドマイクの周波数特性は頭部や耳介の影響で中高域付近の音圧がかなり上昇する。しかも都合の悪い事に自然環境に存在する音のレベルは想像以上に高く、しかもその中心の一つが中高域あたりに集中しているのである。結果ちょっとしたことでマイクがクリップして歪んでしまう。最低でも130dBSPL以上、できれば150dBSPLぐらいは欲しいところだ。周波数特性がフラットである事も重要である。これがやたらと波打っているものはマイクの内部で複雑な共鳴が発生している可能性がある。この共鳴は本来の音場情報を劣化させ変形させる。普通のステレオ録音では音に艶や色気のようなものが付いて好結果になることもあるが、立体音響にとっては無用の長物でしかない。単に音質だけの問題ではないのである。さらに環境音を録音するには低ノイズであることも重要だ。環境音のダイナミックレンジは極めて広く、マイクに入る音のピークにレベルを合わせると環境ノイズがそこから−70dBくらい低くなる事が結構ある。この環境ノイズをうまく捉えられるかどうかによって音の世界の広がり方が変わってくるものだ。こうした条件をいくらか満足するマイクには、ラベリアタイプ(タイピン型)のマイクと測定用のマイクがある。もちろんこれらの全てが使用できるわけではなく、使用に耐えられるものはその一部である。価格的にもペアで10万円〜40万円くらいとかなり高価である。家電店などで売られている小型マイクは安価ではあるが、もともと会話の録音などを目的とするものなので周波数帯域、耐入力、ノイズの点で本格的な使用にはおすすめは出来ない。
マイクユニットを組み込むには
  • このマイクをどうやって使うかだが、まず大きさの問題がある。ラベリアタイプはともかく測定用のマイクはそのままではヘッドの中に入らない。もう一つはマイク内部のユニットとケースの間の密閉度の問題である。この部分に隙間があると、ダミーヘッドに取りつけた時に特性が劣化する。結局無難なのは分解して内部のユニットを取り出して使うことだ。その代わりここからは全て自己責任の世界になる、万一壊れても何の保証もない。マイクがバッテリー駆動の場合は比較的簡単である。バッテリーと負荷抵抗、それにカップリングコンデンサーの部分をヘッドの外に取り出してしまうか、これらを取り去ってDATやMDのマイク入力と直結しプラグインパワーで使うことになる。ただしノイズの防止のためにマイクユニットのケースはマイク入力のアースにつなぐことを忘れてはならない。マイクユニットの極性によっては直結にできず、バッテリー駆動にしなければならない場合もあるので注意が必要だ。外部と接続するためのコネクターのボディーもアースに落としておく。ファンタム電源で使用するマイクの場合は少し面倒で、マイクユニットと付属回路の部分を切り離し、この付属回路を外部に別置にするか、またはヘッドに組み込んで使用する。ただしファンタム電源を持つDATは大型で機種も少ないので、屋外での録音のためにはマイクユニットに直接プラグインパワーで電源を供給するか、バッテリーで駆動するような回路を別に用意しておく必要がある。この場合本来の耐入力はかなり低下する。
ダミーヘッドマイクの色は?
  • べつに何色でもかまわないのだが、基本的に3つに分けることができる。一つは白色。もう一つは目立ちにくい色で普通は濃いグレーかダークグリーン。最後にド派手な色でこれはお好み次第。白色は直射日光下でのダミーヘッドマイクの温度上昇を最小限にすることができる。目立ちにくい色は、もちろん見つかったり警戒されたりしないためで、人間に対してだけではない。録音場所の状況に応じて適当な色を選ぶことが必要だ。反対に派手な色は録音していることを積極的にアピールできるし、もう一つは見つかりやすくするためである。人気のない林や藪の中で録音するときはマイクから数十m以上離れて待機していることがあり、あまり地味な色だとあとで見つかりにくいこともある。
ダミーヘッドマイクにプロセッサーは必要か
  • 現代の性能の良いダミーヘッドマイクは必ずといっていいほどプロセッサーを内蔵しているか、または外部に持っている。耳元で録音し同じ耳元で再生するのだから、一見なにも要らないように思えるが、実はそれほど簡単ではない。これは実際に人間の耳で聞いているのと同じ状態を再現できる、録音ポジションと再生ポジションのペアが存在しないことがその理由である。プロセッサーはこの2つの状態をできるだけ近づけるような処理を行なう。ただし等価処理ではなく近似処理である。ダミーヘッドマイクで2つの状態を等価にすることはできないからだ。このプロセッサーでは通常デジタル処理が行なわれる。アナログ的な回路で処理を行なうことは処理規模の問題から現実的な選択とはいえない。ヘッドに組み込むための専用のハードウェアを製作するよりも、録音した後でパソコン上に音声ファイルとして取り込んでノンリアルタイムで処理を行なう方がずっと簡単で柔軟性がある。処理のためのソフトウェアはCやDelphiなどの高速な言語で作成する。特に演算処理の部分をアセンブラ化しなくてもパソコン自体が高速化しているので、処理のための時間もそれほど苦にならないはずだ。現代の高性能なダミーヘッドマイクにとってプロセッサーは必要不可欠な存在となっている。
ダミーヘッドマイクはバイノーラルなのか
  • 一般的にはダミーヘッドマイクによる録音=バイノーラルと考えられているが、最近の高性能なダミーヘッドマイクではモノーラル的な音場情報の要素が大きな比重を占めるようになっている。バイノーラル的な要素は補助的で、さほど重要ではなくなりつつある。その一例が藤原和道氏の製作しているいわゆる藤原マイクである。このマイクはほとんど頭部らしいものを持たず、左右の耳の間隔はじっさいの人間の耳の間隔に比べてはるかに狭い。この状態で左右の耳に入る音の音量差や位相差は、正常な人間のものとはまったく異なるものとなり、正常なバイノーラル的関係は成り立たなくなる。また頭部伝達関数も人間のものとはかなり違ったものになるはずである。そういう意味でこのマイクは正確にはバイノーラルとは言えない。しかしそれでも立体音響用のマイクとしてちゃんと機能するのである。現在ではダミーヘッドマイクによる録音=バイノーラルとは単純に言えなくなっている。
録音機は何を使うのか
  • DAT、MD、カセットテープレコーダー、ハードディスクレコーダーといろいろあるが、屋外での使用を考えると、録音時間、音質、大きさの点からDATが有力候補である。次ぎに候補となるのがMD、最後にカセットテープレコーダーといったところ。屋外にパソコンを持ち出してハードディスクレコーディングというのはちょっと現実的ではない。その有力候補のDATなのだが、信頼性の面で少々不安がある。早い話トラブルが多いのだ。テープとの相性による一時的なドロップアウト、結露による走行停止、バッテリーのトラブルと、常に心配が絶えない。この点安心できるのはMDだが、残念ながら録音時間は最大で80分。用途によっては使いづらい面もある。音質的にもDATにやや劣るが、これは単にマイクアンプの性能だけではなく、その圧縮方式に原因がある。通常の楽音の集録にはまったく問題のないMDにとっても、立体音響の環境音は非常に厳しい音源なのだ。条件によってはその欠点があからさまに出てきてしまうこともある。しかし携帯性の良さとメディアの価格の安さ、バッテリーの駆動時間の長さは大きな魅力だ。いっぽうカセットテープレコーダーについては既に過去のものとなった感がある。ノイズ、ダイナミックレンジの狭さ、高域の弱さ、歪みの多さなど欠点も多い。しかし周波数レンジでは他のメディアに劣らないし、過大入力にもラフ、他の録音機にはないメリットとして圧倒的な操作レスポンスの早さが上げられる。いつ起きるか分らない、しかも一刻を争うという録音には威力を発揮する。利点のみ集めれば言うことはないが結局は三者三様、メインとしては今のところDATということになるのだろう。Hi−MDも登場しているので本格的なナマロク機としての定着を期待したい。周波数レンジとダイナミックレンジの広い環境音の録音用として、ハイビット・ハイサンプリングで信頼性の高い、小型軽量・省電力、しかも操作レスポンスの早い高音質の録音機の登場を望みたいところである。
録音機は何台必要か
  • 基本的には一台あれば十分。なのだが困るのはトラブルを起こした時である。修理には2〜3週間かかる。こういう時にもう一台予備機があればと切実に思うことがある。もしそういうことが度重なるようならもう一台あった方がいい。用途の異なるDAT2台、あるいはDATとMD。手持ちがあればカセットテ―プレコーターでもかまわない。ただ問題なのはどうしても主力の機器がどちらか一方に偏ってしまうこと。そうすると困るのは使用しない方のバッテリーの管理である。特に専用のバッテリーを使用するものでは転用がきかないので問題は深刻だ。使わないで大事にしまっておいたDATのバッテリーはいつのまにか劣化していて、使おうと思った時にはたいてい使用不能になっているのである。予備機を選ぶのは、どのような使い方をするのかをしばらく見極めてからの方が無難である。さらに3台以上の録音機を所持することは、特殊な使い方、たとえば何セットかのマイクと録音機を使い同時に数ヶ所で録音する、あるいはまったく異なったいくつかの環境とマイクで録音する、というような使い方をしない限り、通常はデメリットの方が大きいと思う。DATとバッテリーを常に良い状態にしておくためのメンテナンスの手間と費用は決してバカにならないからである
録音レベルの設定
  • DATなどの録音機の録音モードには、オート、マニュアル、リミッターのモードがある。MDでは普通オートとマニュアルである。オートの録音モードでは音圧レベルがほとんど変化しない音源には問題なく利用できるが、、環境音のように音圧レベルが急減に大きく変動する音源に使用すると、音圧レベルの変化に伴なってマイク入力の感度が変化し、普通はレベルの変動の少ないバックグラウンドの環境ノイズのレベルまで大きく変動して非常に不自然で異様な感じになる。ダイナミックレンジも圧縮されてしまうので、オートでの録音は通常は使用するべきではない。どのような条件でもとにかく録音しなければならないという、記録最優先のためのモードと考えた方が良い。一方リミッターはある程度ピーク時の歪みを緩和してくれるが、突然の鋭く強烈な入力では対応できず歪むことがあり、設定していれば絶対安心というわけではない。無理な録音をするとダイナミックレンジは確実に狭くなり、文字通りリミッターの掛かったような音になる。突発的に入ってくる、しかもあまり重要ではない音のピークに対応するために使用すると良い。音質を最優先とするとマニュアルモードで使用することになる。しかし録音での失敗の大半はこのマニュアルモードでのレベル設定のミスが原因である。デジタル録音機では録音できる最大レベルを少しでも超えるとたちまちクリップして歪みが発生する。マニュアル録音でのレベルの設定には細心の注意が必要だ。録音レベルの設定には3つの考え方がある。1つはすべての音をクリップしないように録音する方法。この場合全体のレベルはかなり低くなる。特に環境音ではリハーサルはできないので経験を頼りに設定することになるが、どうしても余裕をみるので必要以上に低めになってしまう。これはノイズに対しては不利になる。大音量の音源の場合はマイクがクリップするレベルに合わせておくというのも一つの手ではある。2つめは散発的なピークで歪むのは覚悟の上で、平均的な音量に重点を置いて録音する方法。この場合当然クリップして歪む部分ができてくるので、そこは編集でカットする。クロスフェードして繋ぎ合わせるとまったく分らなくなってしまうものだ。3つめはクリップによる歪みそのものを含めて録音する方法。非常に鋭いピークを持つ至近距離の爆発音や衝撃音など、実際に盛大にクリップしてもほとんど耳につかない場合がある。こういうものは歪みを覚悟で録音してしまう、というかそうでもしないと録音不可能な場合が多い。録音レベルの設定以前にマイク自体が過大入力で完全にクリップしているのである。こうした録音レベルの設定の難しさの背景には、録音機のダイナミックレンジの狭さと、マイクのダイナミックレンジの狭さがある。現実の音のダイナミックレンジは想像する以上に広いのである。
録音時にモニターは必要か
  • 基本的にヘッドフォンによるモニターは不要である。というのは立体音響では自分の耳で聞いた音場空間がほぼそのまま録音できるからだ。まず自分自身の耳であたりの音の状況をよく確かめることが大切である。録音状態はレベルメーターで十分把握できるのでモニターは無意味。マイクの耐入力オーバーは経験である程度判断できるし、実際にモニターで確認できた時には既に手遅れという場合が多いからだ。ノイズの混入に関しては、マイクと録音機だけのスタンドアローンの環境では、モニターする以前に解決しておくべき問題である。モニター用のヘッドフォンを常に持ち歩き使用するというデメリットと比べると、モニターするメリットは非常に少ない。ただしつぎのような状況では使用したほうが良い。自分の耳で直接聞くことのできない場所にマイクをセットするとき、録音機のレベルメーターが左右共用であるとき。強磁界、強電界の発生する場所、放電やインバータ機器などの非常に強力なノイズ原のある場所、強力な電波を発生する機器や送信施設の近くで録音するとき。スタンドアローンではなく、スタジオなどで他の機器と接続して使用するときなどである。
ウインドスクリーン(風防)の使用について
  • 風のある屋外でペアマイクによるステレオ録音をしようと思えば、風の音を防ぐためにウインドスクリーンは必須である。屋内の録音でも空調の吹かれによるノイズを防止するためしばしば使用される。しかしダミーヘッドマイクによる録音では、これは禁止事項である。とくに耳を覆うタイプのウインドスクリーンを使用すると音場が著しく劣化する。はなはだしい場合はほとんどすべて頭内定位となり、左右の区別さえつかないほど劣化してモノーラル同然となる。自分自身ではダミーヘッドマイクを使用した経験はないが、ダミーヘッドマイクで録音された市販のソフトにそういうものがあるからである。トラックごとに音場感がまったく違うこともあるので唖然とするほどだ。ウインドスクリーンを付けても、頭部伝達関数は目に見えて変化しないはずだが、音場の方は大きく変化する。このような事がなぜ起きるのかといえば、ダミーヘッドマイクが音場情報を生成するプロセスが、人間の耳が音場情報を生成するプロセスとは異なるために、音場情報の生成が不完全で非常に劣化しやすいからである。実際の人間の耳ではこのような急激な劣化は決して起こらない。少なくともダミーヘッドマイクに関しては、ウインドスクリーンをむやみに使うべきではないと考えている。立体音響にとって風はごく自然なものである。避けるよりも積極的に取り入れてその感触を楽しみたい。もしどうしても使わなければならない時は、近接して耳を覆うヘッドフォンタイプではなく、ダミーヘッドマイクの周りを距離をあけて大きく覆うようなものが、音場の劣化が少なく好ましい。
録音時のマナー
  • といっても特別なものがあるわけではないが、録音、特に立体音響という立場から注意すべき事はいくつかある。いつものことだが、人ごみの中を人工ヘッドを取りつけた三脚を担いで歩き回っていると、周りから「怖い」とか「気持ち悪い」とかの声が上がる。さすがに年配の人は声には出さないが、多分同じような印象なのだろう。人家から離れた所で録音していると散歩に来た人から「子供が怖がっている、気味が悪いので立ち退いて欲しい」と言われたこともある。一般の人から見ると、正体不明の何をやっているのか分らない不気味な存在であるのは確かなようだ。一方「録音しています」と言うと、すぐに「立体的に聞えるのですね」と答えた老婦人もいたりしてこちらが驚いたりする。いずれにしても立体音響の録音というのは一般にはまったくといっていいほど理解されていない実に怪しげで胡乱な行為なのである。人家の近くや、特定の少数の人しかいない場所など、警戒心や不信感、不安感を持たれやすい場所でおおっぴらに録音するのは避けた方が良いと思う。こちらから説明して理解してもらうのも一つの方法だが、逆に録音していることが分るとかえって警戒されてしまうこともある。プライバシーについては不特定多数の人を相手に公開されたものではない個人的な会話は録音を避けるべきである。しばしば偶然(?)に録音してしまうことも多いが、その使用は個人的な範囲に留めたい。著作権についても同じような注意が必要である。演奏などを録音できる機会も時々あるが、録音できたからといって作曲、編曲、演奏などに伴なう著作権が消滅するわけではない。すべての著作権者の承諾を得ない限り私的な範囲を超えて使用することはできない。また別の問題として、屋外で録音しようとすると他の人とぶつかることがある。たとえば地元の人の生活に関わるような騒音とぶつかる場合である。この場合は地元の人に優先権がある。どのような理由があってもこちらから優先権を主張するわけにはいかない。録音する人同士が出会うことはまずありえないが、撮影者と一緒になることはままある。この場合立場は一応対等だが、撮影者には撮影者同士のマナーがあり、なんといっても多勢に無勢、録音する側はまったくの部外者である。それに録音側が占有する広さは、撮影者の要求する広さに比べて桁違いに大きい。たとえ録音する側に優先権があったとしてもほとんど無意味といってよく、希望するような結果は得られない。うっかりしていると撮影の対象にされたりもする。こちらからとっとと退散して早めに新たなポイントを捜す方が最良の方法である。
録音中はどうするのか
  • だいたい録音している間というのは暇、である。しかしこれは録音の状況によって大きく異なる。ダミーヘッドマイクを三脚に取り付けて人ごみの中を歩き回っているような時はかなり神経を使う。通り掛かりの人とぶつからないように注意しながら、周りの音の状況を把握し、変化を予測して行動する。これはけっこう疲れる作業である。これに比べると三脚を置いて録音する場合はずいぶん楽になる。しかし人通りの多い場所では人や物がぶつかって三脚が転倒する場合もあり、盗難の危険もあるので側を離れるわけにはいかない。そうしているうちに通り掛かりの人から何をしているのかと声を掛けられたりもする。もう少し人通りの少ない静かな場所ではマイクから数メートル以上の距離をとることが必要である。これは自分自身が出す騒音を録音しないようにするための距離である。靴が地面を踏みつける音、衣擦れの音、呼吸の音など意外と人間はいろいろな音を出しているものである。さらに野生の動物の声や音などを録音する場合は数十メートルから数百メートル離れることもある。ただし相手にあまり警戒されない場合や、人通りのある場合は見通しの効く距離程度にした方が安心だ。録音開始時に終了予定時間を確認すればあとは特にすることはないが、せっかくなので周りの音に耳を傾け、環境などを良く把握することも大切だ。屋外での録音はかなりハードなスケジュールになることも多いので、睡眠を取るのも一つの方法である。ただし初めて録音する音源の場合は、しばらくは録音レベルを監視することも必要である。
再生するには
  • ダミーヘッドマイクで録音された音源を聞くにはヘッドフォンを使用する。各種の処理を行なってペアスピーカーで再生する方法もあるが、今のところあまり良い結果は得られていない。そのままスピーカーで再生する事もできるが、音質的に違和感のあるものとなる。スピーカー再生時の音質的な問題はある程度改善はできる、しかしそうすると今度はヘッドフォン再生時の音質に問題が出てくる。同一のソースでスピーカー再生とヘッドフォン再生を両立させること原理的に不可能なので、結局中途半端なものになる。ダミーヘッドマイクで録音された音源はヘッドフォンで聞くのが好ましい。良好な再生に必要なのは静かな環境と良質のヘッドフォンである。騒音のない静かな環境では非常に細かい音を聞き取れるようになるので、バックグラウンドノイズが十分に再生され、音場空間に広がりが出てしかも高密度になる。ヘッドフォンについてはポータブルのCDプレーヤーやMDに付いてくるインナーイヤータイプのヘッドフォンや、耳の穴に差し込むイヤフォンはあまりお奨めできない。ヘッドフォンや耳の中で起きる共鳴のため音質的に独特のクセがあり、これが音場の再現にも悪影響を与えるからである。まれにオーバーヘッドタイプのヘッドフォン並みに音場感の良いものに出会うこともあるが、そういうものは価格にはまったく関係なく、音質は率直だが低音不足である場合が多い。ヘッドフォンについては耳を覆うオーバーヘッドタイプを選択するのが無難である。その中でも密閉型よりもどちらかというと後面が開放されたオープンエアータイプの方が音場の再現性が良い結果を得られる場合が多い。ヘッドフォンの内部で耳につく共鳴が発生しにくいからである。価格的には家電店で売られている安価なものは少し問題があり、購入者層の聞く音楽のジャンルと好みに合わせて8000Hz〜10000Hzあたりに強いピークがあるものが多い。通常の音楽再生には気にならないが、立体音響の、特に環境音のソースを再生するとかなり耳ざわりなものになる。クセが少なくある程度満足のえられるものとなると、オーディオショップなどで購入する事になり価格もそれなりのものになる。それでも機種間の音質の差は非常に大きく、標準的な音というものを求めるのは難しい。またヘッドフォンで聞く場合は頭部や耳の影響がなくなるため、その個人差の分だけ同じヘッドフォンでも人によって主観的な音質に差が出てくる。結局自分で試聴して選ぶしかない。モニター的な用途に使用するのであれば、リファレンスとしての一機種を選ぶのではなく、クセの少ない何機種かを選び、それぞれの特徴をつかんで使用するとのが無難である。オシレーターかファンクションジェネレーターでサイン波を入力してスイープしてやると大体の傾向が分かるものだ。これで深く広いディップや大きなピークのあるものは避けるべきである。ただし、10000Hz以上ではヘッドフォンの装着状態による影響が大きいので位置をいろいろ変えて聞いてみるのがよい。耳掛け式のヘッドフォンは音場感は比較的良いが、実際の装着状態で中高域がかなり強調された音質になる。
CD−Rを製作する
  • 録音したテープやディスクをそのまま聞くのもいいが、せっかくだから気に入った部分を取り出してアルバムにまとめてみたくなる。CDレコーダーやパソコンに取り込んでCD−R書き込みソフトで焼き込むのも一つの方法だが、マルチトラック・ハードディスクレコーディングソフトを導入すると編集がずいぶん自由になる。かなり高価なものだが、大量のソースを一つのアルバムにまとめたり、具合の悪い部分を除去したり、気に入った部分をつなぎあわせて物語風に一つにまとめたり、複数の音源をミックスしたりするには大変便利なものである。ただしサウンド・コラージュ的な使用をするのでない限り、あまり違った環境で録音されたものをやたらにミックスすると、異なる音場空間のイメージが衝突して違和感を感じる場合がある。編集はなるべくシンプルに徹するのが成功の秘訣だ。データー用CD−Rは低倍速のものを低倍速で書き込みを行なう方が無難である。高倍速のディスクを高倍速で書き込むと、エラーが増加し、CDプレーヤーで再生しにくいディスクができてしまう。書き込みに使用したハードディスクレコーディングソフトのデーターやトラックごとの音声ファイルのデーターをそのまま別にCD−Rに保存しておけば、再度CD−Rを作成するとときに使用できる。適当なプリンターやソフトがあれば、ジャケットの作成や盤面印刷も楽しみたい。
 
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