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やまぐち号(篠目、仁保、船平山)
2005年11月5日,6日
わが家の極悪猫、快調である。秋も深まり獲物は次第に少なくなっているが、相変わらずどこからか狩り出して来ては極悪非道の所業に及んでいる。キジバト、スズメ、ネズミ、ツグミと犠牲者は後を絶たない。獲物を口にする猫の表情は小さいながらまさに野生のもの。普段の猫を被った姿からは想像もできない、怪しくもふてぶてしく険しい目付きである。猫の目のようにくるくる変わる、とはこのことを言うのかと妙に納得したりする。ご主人様用に特にあつらえた猫をすっかり被って、ひざの上でごろにゃんと寝そべっている普段猫。あちこちひっくり返して調べてみるが、猫にしてはいやに牙が長いのを除けは、なかなかにその正体を現わそうとはしない。こやつ、中身はいったい何者なんだろうか。さらに獲物が少なくなれば、次に狙われるのは人間である。玩具のネズミの操作係はけっこうな重労働。こりゃたまらん。
てなわけで、5月から足止めを食らって延びのびになっていた旅に早々に出掛けることにした。急なことだが11月の初めに土日と連休である。今年は無理かなと思っていたので何も考えていなかった。またしても準備不足と時間不足だ。大慌てで予定を決める。1日半の行程で訪ねる先は、篠目、仁保、それに船平山。移動のための列車の時刻を考えると下見に十分な時間が取れず、いかにも中途半端になるがしかたがない。とにかく行ってみよう。
Sample1.mp3 3分15秒 3.75MB 篠目の汽笛のエコーは非常に良く伸び美しい。四方の山にこだましてなかなか鳴り止まない。距離があるので少しばかりレベルを上げすぎたのは失敗だった。通過時のドレンにやられてDATがレベルオーバー。その部分はカットした。人工ヘッド"Alqays"とTCD-D100で録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
ボクにとってSLは直接的な興味の対象ではない。いわば音の世界を作り出すための媒体、というか静寂の闇から風景を照らし出すサーチライトようなもの。興味の対象となるのはどちらかといえば抽象的な音の世界であり、SLはそれを浮かび上がらせる強力な明かりの一つなのである。こういう音へのかかわり方は、いろいろ融通が利いて便利なようでもあるが、随分具合の悪いこともある。結果としての音の作り出す世界が対象、なのでとかく積極的には物事がなかなか始まらないのである。概して現実的な事物への関心が薄い。そういった中で辛うじて現実の事象から始まっているものの一つなのである。
SLに関する知識はあいかわらずゼロである。それでも今回ちょっと気になることがあった。水、である。SLの中心部は蒸気ボイラ、当然中身は水だ。けっこういい加減そうに見えるその辺の給水塔から給水している画像を見かけることもあるが、これって大丈夫なんだろうか。水には硬度成分と酸素が入っている。水はどんどん蒸発していくので硬度成分が濃縮して、缶の中が茶釜みたいに真っ白けになってしまう。酸素も錆びの原因だ。水の軟水化とか薬品処理はしているはず。でもこれには相応の設備と管理が必要だ。それに濃縮した水の排出はどこでやっているんだろう。そもそも高圧のボイラ内にどうやって給水するのか。少しばかり検索をかけて調べてみたが、意外にもあまり有用な情報は出てこなかった。ヒーローがやたらと水をガブガブやったり、胃腸薬を飲んだり、小用を足してはいけないのと同様に、これらも大っぴらに触れてはいけない部分なのかもしれない。
出発は5日の11:05。岡山駅で新幹線に乗り換えて13:07新山口着。今回またしても間違えて喫煙車に乗り込んでしまった。普段はぜんぜん気にはかけないが、これだけ集中するとさすがに苦しい。そもそも喫煙車とはいっても禁煙車と同じ車両。特別な換気装置がついているわけでもなければ、集煙装置があるわけでもなさそうだ。喫煙者自身に悪影響はないのだろうか。専用の換気装置や集煙装置を設けた喫煙室はよく見かけるが、それでさえ大抵は壁も天井もヤニでまっ黄色なのである。
新山口で山口線に乗り換え14:17篠目着。周りをゆったりと山に囲まれた土地で、片側に家の並ぶ駅前の通りには床屋と診療所、そして雑貨店が2軒、あとは普通の民家が並ぶだけの静かな場所である。国道からは山一つ隔てており、道は通り抜けてはいるが、大きく迂回するような形になっているため、通行する車はほとんどない。あまり時間もないが、とにかく初めての場所なので下見がてら散歩である。ちょっと小高い山の上にある篠目小学校の下あたりまで歩き、そこから川を渡って反対側の山裾を仁保側に向かう。駅の近くで再び川を渡って谷を上っていったが、川が大きく曲がって鉄橋を潜るところで行き止まりになってしまった。これ以上進むにはいったん引き返すか、線路を渡って谷の反対側に出るしかない。時間不足。あきらめてこのあたりで録ることにした。ここからは国道のざわめきがかすかに聞こえる。谷の向こう側の山腹を通る道路にはすでにカメラマンが数名来ていて話し声がやかましい。これがこのあたりでは一番の騒音?。そんな静かな場所なのだ。川の傍の小さな空き地があるあたりにマイクをセットしていると、お爺さんが軽トラックでやってきて、すぐ前のみかん畑で枯れ草をかき集め始めた。金属の熊手なのでシャリシャリとうるさい。まっ、いいか。長年ここでSLの運行を見てきているが、昔はカメラマンが路線沿いに列をなしていたのだそうだ。洗濯物が煙で黒くなることもままあるとのこと。そういえば昔のやまぐち号の写真に見られる、煙突の上の大きな集煙装置は、いつの頃からか取り外されている。ここは風向きが悪いよとのことだったが、こちらには好都合。見通しも悪くカメラマンがやって来る気配はなし。時間もあるのでマイクの見張り番はお爺さんにお任せ(?)して、線路を渡って駅の近くまで撮影に出向いた。こちらもカメラマンが数名。一人は線路ぎりぎりにローアングルで構え、今か今かと待ちかねている。マイクをセットしたあたりを振り返ると、集めた枯れ草を燃やし始めているらしく、すっかり煙に包まれてしまっていた。
Sample2.mp3 55秒 1.05MB 乗客が降りて見物に撮影にと一騒ぎ。機関助手さんはこれからの峠越えの準備に余念がない。人工ヘッド"Alqays"とTCD-D100で録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
一般の見物人もだんだん増えてきて、16:00少し前に汽笛の一声のあと薄い煙を吐いて駅に到着。乗客はホームに出てSLを眺めたり撮影したりし始めた。やがてすれ違いの列車の到着である。この頃から薄い煙はモクモクとたなびく黒煙に変わる。これから峠越えなのだ。まずは通常の列車の発車。そのあとホームに散らかった乗客をかき集めてやまぐち号の発進である。出発の汽笛は明らかに歪んだような悲鳴に近い音だった。生の音が歪んでいるというのも変だが、そんな感じの音である。SLが煙とともに谷に消えると、カメラマンと見物人は早々に引き上げてしまった。でもコチトラまだまだこれからが本番なのだ。峠に響く汽笛がかすかになり、すっかり聞こえなくなるのを確かめ、さらに10分ほど待って録音は終了である。季節を変え場所を変えて録音すれば、いろいろ楽しめそうな、なかなかステキな場所だ。まだ時間があるので近くの細野神社に寄って夕暮れ時の音を30分ほど録音してみたが、遠くからかすかに車のノイズが聞こえてくる。途中、駅前の売店でビスケットとポテトチップスを購入。これが多分帰るまでの食料になるはず。駅でうろうろしながら時間待ちをしていると、ふと気付いたのが「切符を前の売店で・・・」という張り紙だ。列車の到着時刻も近いので慌てて買いに走ったが、あとで考えてみたら車内で払えばいいのだった。なんでまた切符なんか売っているんだろう。17:51仁保に到着。峠越えの長い道程である。21:30を過ぎた頃からポツポツ雨が降り始め、22:30過ぎには本降りになった。明日は大丈夫なんだろうか。
翌朝05:00頃いっとき小降りになった雨は再び勢いを増して降り始めた。平日なら通勤時間帯の列車も乗る人は2人だけである。08:30を過ぎると何とか出かけられる程度になったので、谷を一巡りしてみることにした。といっても2時間ぽっちでは谷の端までの往復はとても無理、行けるところまでといったところだ。ところが4分の1ほど谷に入ったところで再び雨が激しくなって、雨宿りしながら引き返す羽目になった。あとは駅で時間待ちである。さいわい10:30を過ぎると雨もほとんど止んだので、歩道橋と待合室の中間あたりにマイクをセットして録音開始。SLが駅に入るまでここで録音し、すれ違う列車の到着前にさっさと民家の下へと逃げ出して発車の汽笛と跨線橋の騒音を避け、ついでに谷側の走行音も捉えようという魂胆。ところがこれが大失敗。到着の時刻も近いというのに一向に汽笛の音は聞こえてこない。それどころか驚いたことに直前になって上の駐車場に次から次へと車がやってくる。いずれも家族連れなのでおそらく一般の見物客。さらに悪いことには通常の列車の方が先に到着してしまった。しかもエンジンの音はマイクの真後ろである。最悪の状態だがいまさら逃げ出せない。だいぶ遅れてやまぐち号の到着。汽笛もなく突然曲がり角から姿を現したという感じた。こんなはずでは・・・。たしか前回はずいぶん早くから到着していた。前日の篠目でもそうだった。雨のせい?。停車位置はほぼ予想通り。しかしまたまた困ったことが起きた。到着した客車はほとんど満席に近い状態。乗客が大量にあふれ出しホームを闊歩し始めた。マイクにぶつからないかと気が気ではない。走り始めて四半世紀、まだまだ人気は衰えてはいないようだ。早々に通常の列車が発進し、やまぐち号も乗客を吸い込んでまもなく発車の時刻。間近で聞く汽笛の音はすさまじかった。音というよりはほとんど痛覚である。マイクが飛ぶかと思ったくらいだ。これはもう録音なんて不可能。たとえ録音できたとしても原音再生は絶対不可能だ。スピーカーもリスナーも部屋もみんなこわれる。ヘッドフォンでは何とか再生可能かも知れないが、人間がこわれる。ところで煙に巻かれながらトンネルに入っていく列車の後部デッキにはたくさんの人が並んでいたが、あれどうなったんだろうな。木戸山トンネルって新山口を出発した列車が初めて通るトンネルなのだ。SLが行ってしまえば、見物人もカメラマンもさっさと帰ってしまう。でもこれって本当にもったいない話である。わざわざ遠くからこんな所までやってきて、ほんの少し眺めただけで帰るなんて。急ぐ旅でもなし、せっかく来たのだからもっと時間をかけてゆっくり楽しんで行けばいいと思うのである。到着前後の音も楽しめば、楽しさは一挙に2倍。見て楽しみ聞いて楽しむ。1回で2度楽しい。こちらも助かるし。でも録音はあまり勧めない。そんなことしたら、オイラと同じになってしまう。
Sample3.mp3 1分14秒 1.42MB 平地でどちらかというと下り坂。あっけない通過である。道路と交差する場所の近くにマイクを置いたのは失敗だった。ガタゴトとうるさい。汽笛のエコーは実際に耳にした音とは異なり、ごく普通の音。わずかな場所の違いが効いてくるようだ。人工ヘッド"Alqays"とTCD-D100で録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
11:53の列車で船平山に向けて出発。運転席のすぐ後ろで前方の風景を眺めながらの小一時間の旅である。篠目を過ぎると徳佐を出るまで国道は線路と並行して走る。12:44船平山に到着。案のじょう駅前の酒屋は休み、また昼飯は抜きだ。雨も程々なのでとりあえずトンネル側を一巡り。ところが駅の近くまで戻った頃に急に雨が降り始めた。道端の納屋の軒先を借りて雨宿りだ。以後雨の様子を見ながら山沿いに歩き菅原神社のあたりで平野に下りて行ったが、雨と風はいよいよひどくなって斜め45度のどしゃ降りになった。ついに線路沿いの倉庫の軒下で立ち往生。でもこの倉庫は樋がないので軒から雨水が大量に降り注ぐ。これはたまらない。といってももう民家のあたりに引き返すこともできない。雨足が弱まったのを狙って線路を渡りもう少しましな場所へ移動する。今回ばかりは雨具を持って来ればよかった。天気予報では5日の夜は雨、翌日の6日は昼頃から天気が回復する。仁保で少し足止めを食うかも知れないがあとは大丈夫だろう、と甘く見て用意しなかったのである。録音機材を担いでの旅では荷物は最小限にしたい。トラブルの元だし、どこかに何か置き忘れる可能性極めて大。傘の代わりにDATを置き忘れたなんてことになったらそれこそ大変だ。かさばって邪魔になるし、だいいち重くて仕方がない。できれば持って行きたくはない代物である。だから少々の雨は気にしない。食料さえも現地調達なのだ。それでも今回ばかりは・・・というのが本当のところ。なんか考えんとイカン。人間も機材を入れたバッグもずぶ濡れである。小降りになったのを期に大急ぎで山裾の納屋の軒下まで避難した。気温が高いのでほとんど寒さは感じないが、平年だったら凍えているところである。
ここ船平山は上り下りともSLは通過のみ。幸いなことに通過時刻が近付くと雨はほとんど止んだので、ふたたび平野に下りて線路を渡り2つの信号機の間、線路と平行に走る最初の農道の十字路の角にマイクをセット。もう少し近くても良い気がするが、道に置くことになるので通行の邪魔になる。DATを取り出してみると水滴が付いて表面が結露している。もし中も結露していれば万事休す。やはり心配した通りロードに時間がかかり何度もトライする。それでもなんとか成功。カウンターは無事に進み始めた。やまぐち号は通過時刻を数分送れて民家の間から姿を現した。トンネルから駅までは汽笛はなし。これも雨のせい?。徳佐との中ほどで一声。近くの山にこだまする汽笛は不純物を濾過したようなきれいな音なのでこれには驚いた。徳佐では長い絶叫。前回と同じく鍋倉あたりまで聞こえていた。ただ残念なのは線路脇を走っている道路の騒音。結構車が多い。これさえなければと思うのだが、どうしようもないことだ。今回もここ船平山では一人のカメラマンも見かけなかったのはちょっと不思議である。悪い所ではないと思うのだけど、やはり平地では魅力がないのかな。あとは帰りの列車に待つばかりである。駅に向かいしばらく休息。そこから再びトンネルの入り口へ・・・。いったいなんでまた。じつは行けばすぐわかることだけれど、篠目にも仁保にも船平山にも。そう、無いのである。17:01薄闇の迫る中、車上の人となった。家に帰り着いて1週間。やっと時間ができたので聞き返してみると、あれこれ実に失敗が多い。なに、また行くさ。
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