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仁保の夏
2004年7月18日,19日
再びやまぐち号である。今回は仁保を選んだ。しかしまたもや時間不足と情報不足である。用意できたのは時刻表とインターネットから落とした1/21000の簡単な地図だけだ。あとは自分の足で歩いてみるしかない。7月18日午後2時6分着。あたりを見回すといかにも山の中という感じで、ホームは辺りから少し低くなった所にある。前方はすぐトンネルだが、後ろを振り返ると国道が線路を跨いで走っている。山に遮られて見えないが、舗装された道路を下りるとじきに国道に出て、KDDIのパラボラアンテナが2つ、なだらかな山の上から半分ほど顔を出しているのが見える。しかしもう一つの脇道の方を選ぶと薄暗い杉の林に入り、そこを出ると池の縁をぐるりと回って長々と続く、田と畑の中の山道を歩む羽目になる。とりあえず線路沿いに谷に入って、行けるところまで行ってみようと考え、静かで近道になりそうなこちらのわき道を選ぶことにした。
Sample1.mp3 1分08秒 1.30MB 夕暮れ時、牧川川の支流の流れの音とヒグラシの声。小型マイク"Elk"とMDで録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
池の傍を降り水田に出るとすぐに気付くのはトンボの多さである。種類は2〜3種のようだが水路沿いに田んぼの上を大量に群れて飛んでいる。そういえばうちの近所も昔はそうだった。困ったのは地図で見るよりも地形が込み入っていること。起伏が複雑で小さな山がたくさんあり、現在いる場所がどうにも把握できないのである。しかたがないので安全策をとって川沿いに歩くことにした。まず浅地川に沿って下り、牧川川との合流点で橋を渡って、この川沿いに谷に入って行くのである。しかし道からは線路が走っている気配はまったく感じられない。最初に列車の通過を確認するまでは道を間違えたのかと思っていたくらいである。意外だったのは両側の山が思ったよりも低くなだらかであること。水田や川の周り、山裾にはイノシシ防護用の波トタンの柵が張り巡らされている。線路に至る道を探しながら登って行ったが、山のふもとは鬱蒼としていて道らしき道は見当たらない。二反田のあたりまで来ると川は2つに分かれ、主流の方には廃屋となった民家が一つ。その上の谷川が線路の下を潜るトンネルの手前に「線路に入ってはいけません」と書かれた黄色い立札を見つけた。しかし草が繁りここしばらく人が通ったような形跡はない。トンネルを抜けて向こう側に出てみると道はとつぜん狭くなり、しかも途中で崩れていて通れない。上りの汽車の通過まで時間もないので、流れの傍に三脚をセットし録音を開始する。右手は谷川の音。浸透するようなニイニイゼミをバックに、ヒグラシの声が間隔をおいてあちこちから聞えてくる。やがて汽車の通過・・・なのだが、あれあれというような状態である。すぐ目の前に影が見えているのだが、谷川の音に紛れて走行音もごく小さくしか聞えない。トンネルの手前で汽笛の一声を残してあっという間に通り過ぎ、それっきり聞えなくなってしまった。トンネルとトンネルの間が短く、両側を山に遮られているので、あまり録音向きの場所ではないようだ。しかたがないのでしばらく蝉の声でもと録音し、トンネルを出て少し下の支流の方を見ると、こちらはずっと小さく奇麗な音の流れである。川の中に小型マイクとMDをセットし、夕方のヒグラシの声と一緒に録ってみることにした。少し離れて、川岸の草に止まったトンボが餌を取っているのを眺めていると、向こう岸の斜面で何かチョロチョロ動くものがある。イタチの仲間のようだがやけに黒っぽく小柄で鼻が潰れている。どこからともなく次々と出てきて、大きいのから小さいのまでが総勢4匹。多分親子連れなのだろう。しばらく川岸の石積みの間を駆け回っていたが、そのうち道路に上がり、やがてどこかへ消えてしまった。録音が終るとすでに午後7時前、もうそろそろ帰らないと夜道に迷いそうである。それに腹も減った。途中山の中で一ヶ所に凝り固まってがやがやと騒いでいるような鳴き声が聞えるところがある。どうもエゾゼミの類らしい。谷を出てさっそく国道沿いに店を探すのだが、予想通りコンビニなんて結構ものは見あたらないのである。近くでただ一件の雑貨屋はすでに閉店。またしてもいつものパターンで空腹を抱えることになった。今度から非常食料でも用意するか・・・。

Sample2.mp3 0分59秒 1.13MB 下りのC571の通過。写真からは分かりにくいがC56との重連である。人工ヘッド"Alqays"とTCD-D100で録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
翌日、仁保の黎明はヒグラシの合唱と共に始まった。まだ薄暗く時間は早いのだが、下見を兼ねてあちこち歩いてみることにする。杉林を出て山道を下りて行くと、向こうの農家の人が不信に思って、道に迷ったのかと声を掛けてきた。いえいえ大丈夫と答えたが、実のところ迷うのは時間の問題だ。池のところまで来ると水鳥の声とウシガエルの声が聞えてくる。しばらくマイクとMDをセットして録音してみることにする。不思議に思ったのはこの時間にしては鳥の数が妙に少ないこと。どこか遠くでポツリポツリといった感じである。それにウグイスの声もまったく聞えない。近所の山から高原の野鳥のCDの中にまで、どこにでも無節操に顔を出す小邪魔な鳥、と思っていたのだがそうでもないようだ。しかしそんなことはともかくとして、まずは朝メシなのである。雑貨店が開くまで近くを一回りし、浅地川の脇の神社のベンチで朝食をとるが、品位に関わるその内容を公言することはいささかはばかられる。橋を渡って牧川川に移り上って行くと、川の曲がり角の辺りで「SLの撮影?。谷の一番奥まで行くのだけど乗って行かない?」、と軽トラックの老人から声を掛けられたが、礼を言って丁寧に断った。やはり自分で歩きたい。山裾から線路に上る道はないかと探したが、どこも鬱蒼としているか、イノシシ避けのトタンに囲まれていて簡単に登れる道はなさそうだ。覚悟を決めて道なき道を行く事にする。二反田のトンネルの少し下あたりで山裾まで道が通じていたので登って柵沿いに歩いて行くと、一ヶ所電線が途切れなぜかトタンが凹状に切り取られたところがあった。そこから山側に入り、もう少し歩いて杉林の所から斜面を登りはじめる。中は薄暗く下草はほとんどないので安心だ。急な斜面に墓石が散らばる昔の墓場の跡を登って行くと、一足ごとに蝉が木の根元から飛び立つ。随分薄暗く涼しい所が好きな蝉である。下を見下ろすと50度近い斜面だ。線路の切り通しの近くまで来るとシダが胸の近くまで繁っているが、隙間が多くわりと見通しは良い。しかしかなりの高さだ。そのまま線路に出られそうな所まで下りて行くと、またもや「線路に入ってはいけません」の看板。下を見てもどこにも道らしい道は見当たらないのだが、ここがどうやら入口らしい。カーブの先には二反田のトンネルが見える。
Sample3.mp3 1分07秒 1.28MB 池の下の水田の水路で録音。車の騒音もなく平穏な静けさだ。小型マイク"Elk"とMDで録音。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
どこか良い場所はないかと探しながら仁保の方へ歩いて行くと撮影ポイントらしき場所が目に入ったので、北側の急な斜面に三脚を立てた。切り通しと切り通しの間で下の谷が見下ろせる場所なので悪くはないし、さほど遠くないところからサンコウチョウの声が聞えてくる。それにしても別にどうでもいいようなものだが、谷の方でトラクターで畑でも耕しているのか数分おきに騒音が響いてくるのには少し困った。といってもいまさらポイントの移動はできない。まあなるようになるさと時間待ちをしていると、仁保の方から線路沿いにリュックと三脚を担いだ人が歩いて来た。11時少し前にとつぜん汽笛の音。しかしまだ駅には到着していないはず。見通しが良いのでかなり遠くから聞えるのである。あわてて録音を開始するがちょっとばかり遅かった。汽笛は気前良く何度も聞えてくる。11時過ぎると仁保ですれ違う上りの列車が通り過ぎた。やがて仁保を発車した汽車がトンネルをぬけると、登り坂なのでさすがに重々しい響きだ。カーブを曲がって姿を見せたC571は黒煙モクモク、いかにも写真で良く見る蒸気機関車といった姿である。だが駅からこっち汽笛はなし。ブラスト音のみの静かな通過だった。機材を片付けていると、先ほどの人がカメラを片手に帰り道を急いでいる。こちらも少し遅れて跡を追うがもう姿はどこにも見えない。それにしてもいったいどこから下りればいいんだ。斜面が杉林になった所までたどり着くと、どうやらそこから下りれそうな感じだ。中には道の跡や段々畑の跡が残っている。ずっと昔は山の上の方まで開けていて、結構人が頻繁に出入りしていたようである。12時過ぎに駅にたどり着き、そこで水を補給してまたしても公言をはばかる昼食だ。
午後はどうしようかと考えながら池の下まで来ると、水田の水路からきれいな水音がしている。こういう場所は他でもよく見かけるが周りに車が多く、録音には適さないことが多い、しかしここは静かだ。MDと小型マイクをセットし録音を始めた。それにしても暑いのである。うとうとしながら待っていると暑さと息苦しさで何度も目が覚める。結局上りの汽車はこの浅地川の方から録ってみることになった。川を上っていくと滝壷のようになった場所で子供が泳いでいる。雨季には水量が相当多いのだろう。川岸で中途半端に余ったテープを片付けていると線路の下のトンネルから水着姿の人が次々と出てきた。上流に泳げるところがあるらしい。対岸の山でミンミンゼミが一匹だけやかましく鳴いているが、いかにもヨソモノといった感じた。トンネルの近くまでたどり着くと例によって「線路に入ってはいけません」の看板。こちらは最近頻繁に人が通った形跡がある。道は古いがそれなりに整備されていて通りやすい。線路に出るとすぐ向かいに撮影ポイントが見えた。カーブの先は木戸山トンネルの入口である。本来ならば仁保から来る下りの汽車を撮影するポイントなのだが、ここで録音することにした。二反田のトンネルを出た汽車の汽笛が数回鳴り響きやがて通過。こちらは下り坂なので煙も薄くスピーディーだ。あとで気がついたのだがC56との重連だった。ただしトンネルを出ると音はほとんど聞えなくなる。山が仁保との間を遮っているので録音場所としては少しまずかったようだ。駅に戻ると帰りの列車にはまだ時刻か早い。散歩がてら国道から跨線橋を超えて行くとすぐに宮野の町並みが見えた。午後5時45分、駅にたむろする3匹の野良猫に別れを告げて帰路に着く。車内でやまぐち号の撮影に来ていたらしい4、5人の人に出会った。
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