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空港まで
2004年5月29日
ナマロクにとって車の音というのは、あらゆる場面においてとかく邪魔なものである。遠くから微かに聞える音や、時たま通り過ぎる音は情景の一部になるが、大抵は忌み嫌って徹底的に排除する傾向にある。ただ車の音は適当な場所へ逃げ出せばなんとか避けることが可能だが、避けられない音というのもある。それが航空機の音だ。なにしろ夕方に空を見上げると5機くらいが飛んでいることもしばしばだ。録音していても数分おきにマイクに飛び込んでくるので本当に困ってしまう。しかも車の音と違って逃げ切ることができないのである。数十キロ移動しても別の航路にぶつかるだけだ。
しかし時として航空機の音は非常に魅力的に響くことがある。低空を飛行するヘリコプターやプロペラ機などだ。これらの音は澄みきった空の透明感と奥行きをますます深めるような響をもっている。空が単なる空間としてではなく、別の世界として存在していることを改めて感じさせてくれるのだ。もう一つ注目すべき効果として、上空に打ち上げられた照明弾のように、辺りの情景を音で照らし出すというのがある。野鳥の声のCDを聞くと、たくさんの小さな明りで照らし出されたかのように、その場所の地形が朧げに見えてくることがあるが、それと似たようなものである。花火の音もこの点では同じだが、こちらはインパルス。飛行機の音は連続音である。この2つの意味で魅力的な音なので、録音した中から偶然入ってしまったそういった瞬間をわざわざ切り出してくることもある。ただヘリコプターやプロペラ機は定期便ではないので、何時やってくるかは当てにできたものではない。
Sample1.mp3 59秒 1.14MB 民家のある辺りの川岸から、小型のマイク"Elk"とMDで録音。本人は近くの公民館で雨宿り中だ。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
その点ジェット旅客機は定期便で航路も決まっているが、高度が高くどちらかと言えば車の音と同じで単調なノイズ。できればあまり聞きたくない音である。しかし空港での離着陸の音は爆音・轟音として録音の対象ともなるし、それなりに魅力的である。ただし周りの環境音と比べてレベル差があまりにも大きいので、孤立してしまい、単調になりがちだ。
空港から少し離れて、飛行音が単調なノイズにはならず、しかも周りの環境音に溶け込むような場所で録音してみるのはどうだろうか、と以前から考えていたので、さっそく地図で調べてみる。野々口から岡山空港までのコースが良さそうだ。途中で吉宗川沿いに谷に入って行けば車の音も避けられる。ということでこの土曜日は、音を求めて機影を追ってみることにした。
Sample2.mp3 1分23秒 1.59MB 吉宗川の中で。こちらは人工ヘッド"Alqays"とTCD-D100で録音。谷の入口付近は谷川というより水路といった感じだ。(すべての音響効果をOFFにして、ヘッドフォンでお聞き下さい / Please turn off all of sound effects and use a headphone)
朝6時32分着。野々口駅から国道53号線に入り、500mほど進んだところで右手に開いた谷に入って行く。ここは以前にも訪ねた場所、様子は分かっているのでどんどん進んで行き、貯水池の手前あたりで谷の左手上方を走っている道路に入る。このあたりはホトトギスが多い。わき道に入って一時間ほど録音してみたが、しばらくするとみんな何処かへ行って分布が変わってしまう。警戒心が強く人間の存在にかなり敏感に反応しているようだ。再び正道に戻って進んで行く。結構広い道なのだが意外と車の通行が少なく、ポツリポツリといった具合である。早朝ならそこそこ録音もできそうだが、車を避けられるような谷やわき道はないので不測の事態は編集に頼ることになる。
やがて吉宗川にぶつかったので谷に入って行くのだが、ここの川は谷川というより用水路といった感じだ。狭い谷間に民家が密集していて、予想とはかなり違う。マイクを置ける場所を捜すのに一苦労しそうだ。貯水池のあるあたりまで登ってみたが今一つ適当な場所がない。この貯水池の上にもさらに谷川が続いているはずだが、期待薄だし今日は疲れているのでやめとくことにする。そうやってウロウロしている間に雨がポツポツ降り出した。
集落の中央あたりまで下りて、周りに民家の少ない川岸に小型マイクとMDをセット。マイクは雨に濡れてもかまわないが、MDはそうはいかないので防雨ケースに入れてほっぽっておく。録音は機械に任せておき、薄情なご主人様は近くの公民館の軒下を借りてのん気に雨宿りだ。居眠りしながら時間を過ごしていると、雨だというのに農家の人達は結構忙しげに働いている。白衣を着て聴診器を首にかけた往診のお医者さんが軽四でやってきてまた帰って行く。郵便屋さんがやって来た頃、録音もタイムアップ。雨もどうやら止んだので機材を片付けて出かける事にした。
谷の入口付近まで下りてから道を外れ、谷川の方に行ってみると悪くない雰囲気だ。川の中に下りて三脚を立て録音してみる事にした。とその時ちょうど運悪く耕運機がやって来て、下の田んぼを耕しはじめた。待つこと40分、やっと録音に漕ぎ着けた。ここから空港までは途中にT字路があるだけで、他はなにもない単調な道である。
着いたのは空港の東南の端。空港の中は相変わらず雲雀の声でやかましい。雀脅しの音は時々聞えてくるが、効果はあまりないようだ。空港は延長されていて以前の面影はなく、空港の端から遠く高い位置に見上げていたスポーツ広場は、今は空港の一部のような位置に変わっている。録音できそうな場所を捜したが、東の端は周りをぐるりと道路が取り囲んでおり、どこに行っても車の音は避けられないようだ。後ろはゴルフ場なので引きがきかない。それでも道路が切り通しの様になった場所でぎりぎりまで遠ざかるとほとんど聞こえなくなった。しかしどちらかというと爆音・轟音といった録音になってしまう距離である。
時刻はすでに午後3時。ちょうど入港してきたジェット機の音にレベルを合わせる。そのまま6時過ぎまで近くの休息所で居眠りしながら録音して終了。そろそろ引き上げないと帰りのバスに乗り遅れる。ここから空港のターミナルまでは約2kmほど。着いたのは午後7時前、どうやらバスに間に合った。帰った後で聞き返してみると、空港での録音はやはり少し歪んでいた。マイクはバッテリー駆動ではちょっと無理がある、耐入力の大きいファンタム電源にしないと難しいようだ。それにしても今日は疲れている。居眠りばかりして終ったような一日だった。
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